今では交通茶屋で扮(ふん)する姿しか目にする機会がなくなった愛媛県松前の鮮魚行商人「おたたさん」。頭上のおけをトレードマークに昭和まで活躍したという91歳の元おたたさんが松前町にいる。その昔語りから、加工生産量が全国一とされている松前町の小魚珍味のルーツが垣間見えた。
 松前史談会や町誌によると、おたたさんは平安時代に松前に流れ着き、生活のため魚の行商を始めた京の公卿(くぎょう)の妹多喜津(たきつ)姫を起源とする説が伝わっている。昭和ごろからおけではなく一斗缶に入れて背負うようになったほか、時代とともにリヤカーや自動車などに代わり、姿を消した。
 昭和初期ごろには、小魚を長期保存できるよう加工した儀助煮などを一斗缶に詰めて売る「缶詰め行商」が盛んになり、1930年ごろには1500人以上が国内外に赴いた。同町浜の山口キヨカさん(91)はそんなおたたさんの一人。21歳で地元の漁師と結婚し、50年以上行商した。親族6人で松山方面へ手分けして通ったほか、缶詰めの行商が主流になった時期には北海道に親戚らと拠点を設け、雪の降らない季節を見計らって行商に赴いた。
 代々珍味製造業を営む町商工会長の三好茂さん(72)はおたたさんについて「お盆や正月前くらいしか帰らなんだ人もおった。商売熱心で向こう気の強い、エネルギッシュな人が多かった」と記憶をたぐり「おたたさんが小魚珍味を全国に広めてくれた」と功績をたたえた。